北河内郡友呂岐村




 
C11、北河内郡交野村を走る。

昭和43年 片町線 津田〜河内磐船間寺村付近にて

本を整理していると、古いコピーが出てきました。戦前に出版された「九個荘村村誌」の中の「方言及訛語」という章を写したものでした。

親切にアイウエオ順にまとめられたものをじっと見ていると、生まれ育った地域なのに意外と知らない言葉が多く、処分するにはもったいないと思い書き写してみることにしました(もちろん、これが絶対ということは、言葉の世界ですのでありえませんが、なんかの参考になればと思って載せました)。

 
行   行  
らわ

小さい頃を思い出して、
その言葉を使った例文(短文)を自分なりにボチボチ作っていきます。
各ページの反転文字をクリックしてみて下さい。

                                                                打ち間違いや思い違いがあったらごめんやす


終点の片町駅は転車台がなく、復路はバックで牽引。



 同じ河内でも中河内や南河内、さらには北河内で言い回しなどが違っていたりすることは当たり前。また、ここに書かれている通りに発音しても、オリジナルにはなりません。一番近い発音で便宜的に表されたもので、実際は中間音も多用されたに違いありません。言葉(それも方言や民衆言葉)もあまり小学校的に捉えますと、間違いだらけになるような気がします。

 
これらの言葉はご先祖様からの頂き物。これを次の代に送るのは我々の仕事でしょうが・・・・・

 高度成長期、他地方からの転入の激増、当然教師の多くが当地以外の出身者、しかも国家転覆をもくろむ何とか組合の洗脳を受けたとなれば・・・・・
そうです!ろくな教育が出来るはずが無い!!・・・・そこに左舞い・画一化テレビ文化が拍車をかけます・・・・。 
 
 おそらく、私の世代くらいが最後の古き北河内世代になるでしょうか? 寂しんもんですね・・・・。


 桃太郎の世界・・・・勢いの良い松がそびえる裏山・雑魚が泳ぐため池・生きた水の小川・いつも誰かが野良仕事の田んぼ・キジが這う草っ原・・・・日本は何処へ行くのかいな????


   

今は亡きオシゲ婆さん。

明治18年、北河内生まれの北河内育ち、北河内で生涯を閉じる。

サルーンカー?に乗っている私、この肝っ玉婆ちゃんの河内弁?を聞き育ちました。

その割には気弱の私ですが・・・・・・


この写真の頃は大阪名物河内レンコンの畑(池)が大阪向かって右側に多くありました。門真だけが河内レンコンやおまへんで!


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